そんなにへりくだるのやめようよ

生き方

へりくだる敬語がある日本。勉強した言語はそう多くないけれど、謙譲語を持つ言語ってかなり稀少なんではないか。

へりくだる文化

敬語そのものは英語にはない。丁寧な言い方はあるけれど。

韓国語には、尊敬語があります。ただ、自分の両親や一緒に働く会社の同僚上司にも尊敬語を使い、謙譲語がないのにはかなり驚きました。(絶対敬語と言うそう)

だから思うのは、私たちのベースには、「へりくだる」文化があると思うんです。そしてそれはかなり世界的に見ても、稀有。

持って行ったお土産を、「つまらないものですが…」と付け加える。英語でそのまま訳して外国人と話すとなんでそんなつまらないと思うものを私にくれるんだ???とマジで頭だいじょぶか?と心配されることでしょう。

息子は愚息。妻は愚妻。(さすがに今これを使うひとは少ないと思われるけれど)自分の会社は弊社。

そういうのが身についてると、どうしても自分への評価も低くなりがちのような気がします。自己肯定感が持てない時、へりくだり過ぎてないか、考えてみると良いと思います。

ほめる、愛す

外国で生活している時に思ったけれど、誰かにあげるプレゼントはとても素晴らしいからあなたも気に入るといいな、と言って渡す。

自分の娘や息子、夫、両親への愛情を隠さずほめまくる。

私もときどき自虐的になってるな、と感じることがあるんだけれど、そこから出来るだけ離れたい。

BTSの掲げる「Love Yourself」(あなた自身を愛しなさい)という考え方に惹かれてBTSへ更に傾倒したっていうのもあります。

そして今日、このようなツイート、そしてnoteを見つけました。

山口氏の言うこと、身に沁みます。

自分なりに精一杯やったけれど、今日の体力・気力ではこれしか作れなかったとき。ズボラで、手抜きでごめんね、と言う。それは少しずつ自分を傷付けていることになるのではないでしょうか。何も謝ることはないです。

ダメじゃない

私たちの身の回りのSNSにはキラキラした写真が溢れていて、自分のことが「さえなくて」「つまらない」存在だと思ってしまいがち。もっと頑張らなきゃ、って思ってしまいがち。

先日、友人とLINEでやり取りしていて、「自分はこんなんじゃダメだって落ち込む」「誰かに愚痴っても、後からその方に申し訳ないと思ってしまう」って言うんです。でも誰だってこのご時世、コロナもあるし、嫌になるニュース多いし、気分の落ち込みは知らず知らず入り込んでると思う。

「推し」を推そう。音楽を聴こう。本を読もう。映画を観よう。気分転換に家事をしよう。片付けをしよう。自分を愛そう。誰かと喋ろう。何か作れるものがあるなら作ろう。

他人の表情も場の空気も上等な小説も
もう充分読んだわ

私の価値がわからないような
人に大事にされても無駄
自分のためにならないような
努力はやめた方がいいわ

傷つけられても
自分のせいにしちゃう癖
カッコ悪いからヤメ

人を許せないときにどうするか、への宇多田ヒカルの答え
ちょうど1年前の今頃、宇多田ヒカルのインスタライブを見ました。それについて書いたことを編集します。

この宇多田ヒカルの回答が好きです。

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お越し頂きありがとうございました。

あじさい

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