子供が小さい時に救急車を呼んだ話

子育て

上の娘が今年大学4年生、あと卒業まで1年。下の娘があと卒業まで2年。

子育て真っ最中の方々とTwitterで繋がっていると、自分の昔の記憶が蘇ってきます。子供が小さかった頃無我夢中で駆けて来たことが思い出されます。年子の二人を育てるのはやっぱりきつくて自分の時間がほとんど無くて早く大きくならないかなぁって願ってました。

でもそれも終わろうとしてます。子供が小さい時のなんと短かったこと。終わるからこその実感なのはわかってます。あの時にちょっとだけ戻れるなら戻りたいなぁとも思います。

子供が育って大きくなっていく喜びや嬉しさとそこに伴う寂しさは相反するものではなくて、同時に私の中に降りてきて、人間勝手だなぁ、なんて笑っています。

さて救急車の話。

下の娘は身体がとても弱かったです。生後8ヶ月で尿路感染症になり初入院しました。病室の床に小さいベッドを借りて1週間そこに寝泊まりしました。

そして2歳の時、高熱が続いて病院にかかっていたのですが、夕方、40度を超えました。高熱には慣れていたので下がるだろうとタカをくくっていたら下がらないんです。

そうしたら、けいれんを起こしました。パニックになりました。一緒に暮らしていた義母を大声で呼んですぐに救急車を呼びました。

あまり覚えていないのですが、ぐったりした娘の側で救急車の中にいた消防士さんが落ち着いて病院とやりとりしていたのは記憶にあります。こんなに逼迫してるのに私は狂いそうなのにその空間は静かで穏やかで不思議な気持ちになりました。

すぐ側にある、入院したこともある大きな病院が引き受けてくれることになり救急外来に行きました。どれくらいけいれんが続いたのか聞かれたのですが全くもって覚えてません。おぼろげに答えながらそのまま入院になりました。結局高熱からくる熱性けいれんで、1週間ほど入院したように思います。

けいれんはその一度だけでその後起こしたことはありません。ただ、成長や脳に何かしら影響を与えてたんではないか、とずっと心の中に暗い影を落としてきました。

けいれんなど起きないようにその時何かできたのではないか。ずっとずっと後悔と心配が消えませんでした。どうしようもなかったことなのに自分を責めてしまうことを止められなかった。

でも、その時はそれが精一杯で自分は最善を尽くしたと今では思います。ただ、いつも後からあの時こうしてればの連続で、自分よくやってる頑張ってるって自分を褒めることがなかったなぁと思うんですよね。

どれだけ夜泣きに起こされ抱っこして寝かせても降ろした途端にまた泣き出す毎日を過ごし、自身の身体と精神をギリギリまで追い詰められてそれをやるのが当たり前だと言われてしまうこの国の空気が更に母親を追い詰める。

もしあなたがそんな状況になっているとしたら、ぜひ自分を褒めてくださいね。自分はよくやってる頑張ってる、すごい!子供が生まれた途端にいきなり母親になり母親としての責任を求められ、何も知らないし経験もないのにできるわけがないのである!

子供が病気になると、自分の親や周りから責められることもあるでしょう。心無い言葉を投げかけられるかもしれない。体が弱いすぐ病気になる風邪を引くアトピーがある(娘はアトピーもあるんです)それを母親のせいにする人も居ます。(私はそういう事はなかったのですが)

母親は辛いから子供を恨んだりもする。(これは私もありました)子供だって辛いんです。すぐ病気になってごめんなさいって思ってる。

みんなが辛くなるの、やめましょう。どんな状況でも病気になるし弱い子は弱い。それを誰のせいにもせずに何をするのが一番なのか淡々と考えてみましょう。

それだけ身体の弱かった娘も小学生になると病院通いもなくなってきて、アトピーはあるけれども中学生後半からよく食べるようになり身長は165センチほど、今年1年間風邪もひかず、家族の中で一番医療費を使っていません。

夜泣きがひどい。身体が弱い。離乳食を食べない。寝ない。うちもそうでした。でも、月齢年齢とともに変化していくことは必ずあります。トンネルが終わって灯りが見えてくることを是非想像してください。もちろん周りへの協力要請もしてくださいね。精神的にも身体的にもつらいと思っているお母さんたちが少しでも減りますように。
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お越し頂きありがとうございました。

あじさい

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