ミニマリストからボチボチ暮らしへ

考える

もうだいぶ落ち着きを取り戻したように見えるミニマリストという言葉。あの盛り上がりは何だったのか?

ミニマリスト

2、3年前、物を極限まで持たないミニマリストの方々の書いた本が話題になってNHKのニュース内での特集をちょうど見たのを思い出す。

 

ものを極限まで減らして生活する。テレビもテーブルもない部屋。そのすっきりした空間にちょっとした羨ましさを感じたのを覚えている。

 

戦後、物は豊かさの象徴で、欲しいものを手に入れることを目的にして生きてきた、と言っても過言ではない。そのピークがバブル期と言われたあの時代で、その後だって、車、洋服、装飾物、化粧品、電化製品、ガジェットなどなど私たちは次々に発売される物が欲しくて欲しくて堪らない。

 

そこにクエスチョンを投げかけたのがミニマリスト。これだけ物があってしあわせだよ、っていうメッセージから、これだけ物がなくてしあわせだよっていう大転換を成し遂げ、多くの人が(私も含めて)本を読んだりその考え方に傾倒したり、2015年の流行語大賞にノミネートされるまでになった。

 

なぜはまるのか

ミニマルな暮らし。物をできるだけ持たない暮らし。なぜそれほど人気が出てハマっていくのか。

 

断捨離という言葉は身の回りにある物をできるだけ減らそうという行動を指す言葉だけれど、ミニマリストは、更にそこから一段階進んで暮らしというよりも、ひとつの思考、イズム、のようなもののように見える。

 

私も断捨離を5年くらい前にしたことがあって、物を減らしていくことがどんどん快感になってくのを身に沁みてくのを感じた。

 

毎日何か捨てるものはないだろうか、と探してる自分に気づいた。これを捨てました。あれを捨てました、とブログに報告するために捨てる、と言った本末転倒な精神状態になってることにも気づいた。

 

こんまりさんこと近藤麻理恵さんが使っている「ときめき」という言葉。ときめかない物を捨てていった結果、後から後悔した。

 

http://yutaka-sukkiri.com/2019/02/20/tokimeki-gojitsudan/

 

物を捨てること、物を持たずに生活することが、いつのまにか教義のように、従うべき理念のように、思想や美学のようになっていて、したい事というよりも、信仰に近い感情があるんじゃないか、と自分でハッとした。

 

自分が物を捨てていっているのに、家族が非協力的だったり思い通りにできない場所(義妹が置いてある物など)があることにストレスを感じまくったり、実家で物を減らしたいというから手伝ったのに全然捨てたくない親に頭にきたり、周りに同じようにすることを期待する思考にもなっていった。

 

なんでもぼちぼちがいいのではないか

物が溢れて床に置き場もないくらいの場所で生活するのと、何も置かない場所で生活するのと、どちらがストレスだろうって考えても、それはその人それぞれだろうって思う。

 

誰かにとって不必要なものでも誰かにとっては無くてはならないもので、それは個人で選んでいけばいいわけで、なんでも極端に走って突き詰めていくのは疲れるんじゃないかなと思う。

 

どんな暮らしをするのが自分にとって快適か。それは物の数ではないと思う。

 

物が多くて捨てられなくて困ってる、という段階まできたら、対処を考えればいいのであって、何が何でも物がない部屋がいいんだ、そうすべきなんだ、という考え方はある意味、ミニマリストではないような気がする。

 

そういう暮らしもあるしそうじゃない暮らしもある、くらいで行きましょう。

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この本は参考になるとかならないとかではなく、単に読み物として非常に面白かった。

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お越し頂きありがとうございました。

あじさい

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