そこに居るのが当たり前じゃないと気付かされるのはいつも後 〜嵐のニュースを知って〜

考える

昨日飛び込んできた大きなニュースを知って、考えたことなどを。

嵐は間違いなく現在のスーパースターです。中学生の頃からジャニーズのタレントが好きだった私は、20年前の嵐のデビューもよく覚えています。確か高校の春バレーだったかな、バレーのコートで激しく踊るまだ少年の弾けるような笑顔がとても眩しくて、新しいアイドルの時代が来たんだなぁと感じました。

 

そこから20年。それぞれのメンバーが個々に個性を発揮しつつ、グループで居る時のかけ算具合が素晴らしくて魅力が倍々になるすごい存在。人気絶頂である彼らが2年という時間を区切ってそのグループ活動を一旦休止すると言います。解散とは違ってまた戻ってくる感触もありつつ、それでもやっぱり私はため息が出ました。古い過去の自分の記憶を呼び覚まされたからです。

 

私が中学生の頃、そう、人気絶頂期に舞台の上に静かにマイクを置いて芸能界を去って行ったスーパースターがいました。彼女の場合はお休みではなく完全なる引退でした。

 

とっても好きでした。出る曲全部振り付けも覚えて妹とテレビを見ながら一緒に歌いました。小学生ながら、意味深な歌詞にドキドキしました。ドラマで共演した俳優さんと恋に落ち、そのまま結婚、引退という選択をした彼女の意思の強さに憧れました。

 

引退コンサートを録音したカセットテープが残っています。自分たちの声が入らないように極力静かに観ていたように思います。再生すると、今でのその時の彼女の声が響いてきて、40年近く経っても未だに山口百恵という人が短い時間であっても、確かにテレビの中に存在していたんだなぁと、記憶の彼方にいってしまったスターを思い出して、彼女が幸せになることが嬉しくてそして見れなくなってしまうこれからを考えて切なくなって、そんな気持ちが綯い交ぜになっていたそのころの自分の感情が引き出されました。

 

スターの存在が毎日に活力をくれるというのは私にとって子供の頃からそうで、ミュージシャンだったり俳優だったり、歌だったりドラマだったり、マンガだったり、今でいうところの”推し”が自分の人生を形作ってきたとも言えます。

 

ご本人たちが納得して答えを出したことへのリスペクトはもちろんありながら、積極的にライブに行くわけではないのに嵐がなくなってしまう2年後のことを思うととっても寂しくてしょうがないです。日常にテレビの中で存在していた人たちが居なくなることに打ちのめされます。キャンディーズも、安室奈美恵もそうやって居なくなってしまったし、QUEENのボーカル、フレディマーキュリーはAIDSで亡くなってしまった。当たり前にそこに居たSMAPに会えなくなってもう数年経つことに驚きます。

 

いつもいつも思うけれど、今日という日は戻っては来ないし、スターは突然退場してしまうことだってある。安室奈美恵があと1年後に引退します、と言ってからまだまだ1年あるなぁって思ってたら、その1年はあっという間で。だからまだ2年あるって思っている今日も、気づいたら2020年の12月になっていてまだまだ大晦日の紅白があるって思っているうちに出演が始まり終わりいつの間にか蛍の光をみんなで合唱しゆく年くる年が始まってるのだろうと想像したら絶句してしまった。

 

できることと言ったら、”推し”を応援できるときにしよう、っていうごくごく当たり前のことなんだけれど、ライブや芝居の選択肢があるなら積極的に会いにいこう、ドラマや映画やCDなどを見て行こう、買っていこうっていうことしかなくて。彼ら彼女らの幸せを心から願いつつ自分たちの生活も気張って頑張って行こうぜっていう平凡なことしか言えずにいるところです。

 

そして嵐が将来全員の気持ちが同じ方向を向くときが来て、再びテレビの中に戻ってきてくれたなら、胸一杯の感謝と喜びで舞い続けるだろうと思います。メンバーがそれぞれお互いを尊敬しつつアイドルの持つイメージを変え続け、そしてそこからまた進化していく彼らの幸せを願います。ファンの皆さんがすてきな2年を送りますように。

 

最後に、私の大好きな椎名林檎作詞、東京事変「スーパースター」を貼り付けておきますね。

私はあなたの孤独に立つ意思を思い出す度に
泪を湛えて震えているよ
拙い今日の私でも

明日はあなたを燃やす炎に向き合うこゝろが欲しいよ
もしも逢えた時は誇れる様に
テレビのなかのあなた
私のスーパースター

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お越し頂きありがとうございました。

あじさい

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