親が高齢になっていく本当の難しさ

考える

母の病気が進行していて実家を訪れる機会が増えてます。最近、親が老いていくのを見守ることの難しさがありありと見えてきたんです…

 親の病気 

母の病気発症から3年になります。レビー小体型認知症という病気です。症状も一進一退で趣味も続けられる日々でしたが、それが変化したのが去年の夏でした。白内障の手術を受けようと決めた頃から症状が悪化してしまいました。

手術自体に不安を感じていた母が、手術までの2ヶ月の間に身体が動かなくなってしまったのです。

今更後悔しても始まらず。ただ、この時に悪化した症状(手の動き、足の動きなど)は、ここ最近良くなってはきています。でも、元どおりではありません。今度は料理ができなくなってしまいました。

 

できないこと

単純な調理はできます。ひとつの食材を茹でる。煮る。包丁も体が覚えているようで使えます。

 

でも、認知症が進んでいるのでしょう。食材を組み合わせて何かおかずを作るというのができなくなっています。それを自分でも認識しています。なので、毎年計画を立てて意気込んで作っていたおせち料理も今回は私が担当しました。

 

唯一、田作りのみ、娘と二人で作ってくれて嬉しかったです…

 

料理というのがどれだけ頭の中での段取りと工程が必要なのか、よく分かったお正月でした。母の認知症の症状は、自分のことがわからなくなるということがありません。アルツハイマーではないので、よく昔のことを覚えているし、自分ができなくなっていることも十分わかるのです。

 

本人の諦めと諦めない事と

でも諦めているばかりではありません。私がすぐ先を見越して動いてしまったり、手を出そうとすると、「自分でできるから」と断りを入れてきます。

 

秋頃がいちばん症状が悪くなっていたのですが、その時に電子レンジの動かし方がわからなくなってしまっていたんですね。最近のレンジってとても複雑で。これを押して、次はこれを押して、デジタルで秒数を選んで、と、とても大変。

 

それに手や指が動きづらいので、どこを押したらいいかもわかりづらいし、力も要るしで、その時は諦めてました。そうしたら。

 

今回、レンジ操作ができるようになってたんです!

 

少しでも自分でできることが増えると表情が明るくて、誇らしげで、どんどん老いて赤ちゃんに戻って行っているように見える母が可愛らしくて、同時に昔の面影が薄れていくのが寂しくてなんか泣いてしまいました。

 

 周りの諦めと諦められない事と

父はなかなかそのような母の症状を認めたくありません。伴侶にはいつまでも元気で居てほしいのはとてもよくわかります。とても強い人で自分にも周りにも強いことを求める人です。

 

去年78歳になってもなお、老いていくことをなかなか認めたくなさそうに見えます。運転についても認知症の試験を高得点で合格した、と自信を漲らせています。

 

父と母の病気について相談していて困ったのは、母に介護の認定を受けさせるときと、家の改修をしようと提案したときでした。

 

介護なんか必要ない。リハビリなんか必要ない。迎えのバスが来るなんて体裁が悪い。

 

介護認定とリハビリは、なんとか去年の秋頃に済ませることができました。(かなり嫌がっていましたが)

 

しかし。

 

高齢者の怪我は家の中が大半。母の為に古いお風呂やトイレ、玄関の改修をしようと持ちかけたんですが、まだ良い返事がありません。とりあえず、次回のケアマネさんとの話し合いに私が参加する了承は得ました。

 

私と妹は、割と現実を見ていると思います。毎日の生活をより良くするためには何が必要で何を変えていけばいいのかを考えています。政府からもお金が補助されます。使えるものは使えばいいと思います。楽な生活の方がいいに違いないと決めつけてかかります。

 

でも、両親とも、変化を嫌います。危ないからと、トイレのスリッパを私が他の場所へよけていたら、次に来たら元どおり。今まで通りに生活しないことイコール負け、のような感覚なんでしょうか。老いていく自分を認めることに高い高いハードルがあるように見えます。これまでやってこれたんだから家なんか手を入れなくてもやっていけると。

 

歳をとって、自分が弱くなっていくことを受け入れたくない。両親と話していてそれが一番の障壁なのかもしれないと感じました。

 

たまたま昨日の夕刊を読んでいたら、上野千鶴子氏と荻上チキ氏の対談が載っていて、ここの部分に頷きました。

 

健康寿命を延ばす体操や認知症予防のドリルをして、自分だけが加齢から逃れようとしてもムダ。要介護も認知症もなる人はなるし、ならない人はならない。それよりも社会的弱者になった自分をどうやって受け入れるかが、超高齢社会の課題です。

   〜上野千鶴子氏の言葉引用

 

課題なんだそうなんだな。自分だけが頭を悩ませているわけではないんだとちょっとホッとしました。

 

 昨日、随分会っていない叔父が病気になったとの連絡がありました。老いは順繰りです。加齢は誰にでも平等にやってきます。そして今日の1日はもう戻れません。親の老いは自分の行く先。今日1日を大事にしましょうね。

 

*****************

お越し頂きありがとうございました。

あじさい

コメント

タイトルとURLをコピーしました